絹の物語 未来へ 「シルクカントリー in 赤岩」 世界遺産へ 赤岩の地域づくり

シンポジウム「世界遺産へ 赤岩の地域づくり」 住民が支える景観

古い養蚕農家が残る赤岩地区
古い養蚕農家が残る赤岩地区

パネリスト

国立科学博物館産業技術史資料情報センター主幹 清水 慶一さん
作家、地域雑誌「谷中・根津・千駄木」編集人 森 まゆみさん
赤岩重要伝統的建造物群保存活性化委員会会長 篠原 辰夫さん
県世界遺産推進室長 松浦 利隆さん

コーディネーター 上毛新聞社取締役編集局長 武藤 洋一

住み良さこそ魅力 篠原辰夫さん
篠原辰夫さん
しのはら・たつお 1940年、六合村生まれ。赤岩重要伝統的建造物群保存活性化委員会会長。同村議。長年にわたり、赤岩地区の活性化に向けた活動を展開。
「社会的装置」残る 松浦利隆さん
松浦利隆さん
まつうら・としたか 1957年、高崎市生まれ。県世界遺産推進室長。高校教諭、県教委文化財保護課、県立歴史博物館などの勤務を経て、2004年から現職。
文化・伝統が資源に 清水慶一さん
清水慶一さん
しみず・けいいち 1950年、大阪府生まれ。国立科学博物館産業技術史資料情報センター主幹。専門は近代建築史。富岡製糸場世界遺産登録推進委員会委員。
小規模でも個性的 森まゆみさん
森まゆみさん
もり・まゆみ 1954年、東京都生まれ。作家、地域雑誌「谷中・根津・千駄木」編集人。各地の町づくりや歴史的建築の保存運動にかかわっている。

―赤岩に住んでいる篠原さんに、赤岩の魅力や重要伝統的建造物群保存地区(重伝建)選定までの取り組みを聞きたい。
篠原 赤岩は「幕末に五十戸、今も五十戸」という言葉通り、ほとんど戸数が変わっていない。このことからも、いかに住み良い場所かが分かる。それが魅力。古い家並みを考えたごみの集積所を整備した一九九六年ごろから、保存していこうという下地ができた。その後、民間団体が建物を調査したが、それが重伝建の指定に役立った。

―赤岩は本県の世界遺産構想「富岡製糸場と絹産業遺産群」の一つ。ほかの構成遺産との違いや特徴を松浦さんはどう考えているのか。
松浦 赤岩の養蚕農家群は、この地域も日本の近代化にかかわっていたことを示している。富岡製糸場や碓氷社もすごいが、赤岩も日本人が近代を生き抜いてきた証拠の一つ。初めて訪れた時は重伝建になるのかと疑問も感じたが、農村社会の人間の生き方をサポートする「社会的装置」が残り、守られていることがわかり、これが魅力だと思うようになった。

―東京の中の一地域で活動してきた視点で、森さんに赤岩の印象をうかがいたい。
 清浄な感じがする場所。今までの重伝建とは雰囲気が違う。小規模でも個性的。重伝建になっても浮き足立つことなく、今ある美しさや心豊かな暮らしを大事にしてほしい。重伝建に選定され、江戸時代の街並みに直してしまった地域もあるが、なんとなく画一的になってしまった。赤岩のように新しい家が混在する景観もいい。

―清水さんは近代化遺産や産業遺産を調査研究している。赤岩のどんな所が貴重であり、魅力だと思うか。
清水 重伝建としては、大したことはないと思ったが、歩いてみて考え方が変わった。落ち着くし、居心地がいい。精神的に響くものがある。街並みは重伝建の要素の一つにすぎない。農家群の裏に山、周囲には畑があり、そこで暮らすことは、実は非常に珍しいこと。そういうものが文化的空間を構成している。それが魅力なのだろう。

―三人の意見を聞いた篠原さんの感想は。
篠原 よく見ていただいている。以前から「ほかの重伝建地区は映画のセットみたい。赤岩の方がいい」と感じていたが、同じように感じている人がいたことが分かり、ありがたく思った。

―世界遺産本登録に向けた地域づくりをテーマにアドバイスやヒントをうかがいたい。
 都会人を甘やかしすぎ。「ちょっとやってみて」というケースが多いが、都会人を“こき使った”方がいい。養蚕体験でも、用意した桑を蚕にあげさせるだけではなく、桑を切って運ぶところから体験してもらってもいい。そうでなければ大変さは分からない。こうした体験などを通して、互いを知り、補い合うことが、都市農村交流では一番大事。また、見学者が増えて問題が生じてきたときに、住民の意識が崩れない仕掛けも必要となる。
清水 赤岩のような場所に来て、そこの普通の生活の中で農業や養蚕の体験を求める人が、都会にはたくさんいるのではないか。そういう人の個別の興味に、日本の観光システムは対応できていない。赤岩の文化や伝統は、赤岩にしかないもの。それが人を呼び寄せる資源になる。これまでのやり方でなく、文化や伝統をベースに地域振興を図る方向性は必ず出てくる。
松浦 世界遺産に登録されれば、大勢の見学者が訪れるだろう。その時、どうしたらいいのか、自問している。赤岩を歩くだけでは良さは分からないので、地区の人にガイドをしてもらおうとビデオは作ったが、今後どうするのか、考えているところだ。
篠原 体験については、大豆の作付けや手入れをして、さらにしみ豆腐作りをしてもらってはどうか。寒い時期に、あえて寒いことを体験してもらうことも検討してみたい。

―最後に松浦さんに総括をお願いしたい。
松浦 赤岩で一番大事なのは最終的には「人」。人がいて、いつも手入れをして生活をしているから赤岩は赤岩らしい。だから、一番大切な文化財は、住んでいる人たちの気持ちや感情。赤岩は、人がいなくなればなくなってしまう。文化財の「活用」に関心が向きがちだが、基本は保存。建物だけでなく、コミュニティーや人の気持ち、伝統などまで含めて考えなければならない。それは他の地域にも当てはまる。そんなことを再認識させられた。

絹産業遺産群と登録運動

 本県の世界遺産構想「富岡製糸場と絹産業遺産群」は、養蚕、製糸、生糸輸送など一連の絹産業にかかわった建物など10カ所で構成している。  文化庁が昨年9月、世界遺産候補地を募集したことを受けて、県が市町村から推薦のあった遺産をまとめ上げ、同庁に提案した。  同庁の委員会が今年1月、全国からの応募24件を審議し、「富岡製糸場と絹産業遺産群」など4件を世界遺産候補地に選んだ。4件は今年6月のユネスコの世界遺産委員会で、世界遺産暫定リスト入りが確定した。  今後は、「富岡製糸場と絹産業遺産群」を構成する県内10カ所と周辺環境の保護態勢を確立するとともに、遺産群が世界的に高い価値を持つことを証明する資料をそろえる。県内には、ほかにも重要な絹の遺産があり、地元市町村が推薦すれば、構成地に加える。  これらの態勢が整うと、国がユネスコへ世界遺産登録の推薦を行う。ユネスコ側の審査を受け、認められれば世界遺産に登録される。

■主催 群馬県、六合村、赤岩重要伝統的建造物群保存活性化委員会、フィールドミュージアム「21世紀のシルクカントリー群馬」推進委員会
■共催 上毛新聞社、谷根千工房、富岡製糸場世界遺産伝道師協会
■後援 群馬県教育委員会、財団法人群馬県蚕糸振興協会、県立日本絹の里、シルクカントリーぐんま連絡協議会、 財団法人群馬県教育振興会、
群馬県ユネスコ連絡協議会、日本放送協会前橋放送局、群馬テレビ株式会社、財団法人文化財建造物保存技術協会
フィールドミュージアム「21世紀のシルクカントリー群馬」推進委員会
養蚕・製糸・織物などの歴史遺産を生かした群馬県の地域づくりを構想するため2005年、県内外の有識者8人で発足した。委員長は藤森照信・東大教授(建築史)。事務局は上毛新聞社内。「富岡製糸場と絹産業遺産群」の世界遺産登録運動の一環で、昨年は日仏シンポジウムを開催した。