ただ、「高価で手が届かない」「お手入れが大変」 といったイメージから日常使いには敬遠され、 需要に結びつかない現状がある。
高い技術と質を誇る本県の蚕糸絹業を維持するため、 需要拡大に結びつくアイデアはないかと考えた時、 浮上したのは近年ブームとなっている 「コラボレーション」だった。
髪を失った女性のためのヘッドスカーフを企画販売する 「Armonia(アルモニア)」代表の 角田真住さん(42)=伊勢崎市=と、 染色アーティスト大竹夏紀さん(37)=富岡市。
共にシルクを使った活動をしている 2人の「化学反応」を期待し、 コラボ商品開発を企画。
合わせて、それぞれのシルクへの思いについて聞いた。
―コラボを受けた理由は。
大竹 染色で絵画制作をしているが、元々は衣服の柄を染める技法。衣服を作る能力がないので、絵を描いているとも言える。今回、女性が身に着けるものが作れ、願がかなった。
角田 大竹さんの作品が好きで、ずっとコラボしてみたかった。ろうけつ染めの透明感や色使いから、生命の輝きが感じられる。髪を失って心も体も疲弊している女性を元気にしたい、というヘッドスカーフのコンセプトにぴったり合う。
―制作について。
大竹 後ろがフリルのようになっていて、他にない華やかさがある。それに合うテキスタイルを作った。絵柄の大きさの調整が難しかった。
角田 装着時に、花や蝶が舞っている柄が映える位置を考えて裁断した。ジュエリーを選んでいるような感覚だった。手に持っただけで、女性らしさを取り戻してもらえそう。
―二人ともシルクを使って活動している。素材としての魅力は。
大竹 富岡市出身で、祖父母は養蚕農家、通学路は桑畑の中、という環境もあり、シルクは身近な素材。特に上品な光沢が好き。絵は綿にも描けるが、シルクの方がきれいな色の染料がそろっているし、発色も良い。理想のアイドルをテーマに描いており、派手で彩度の高い色で表現したいので、シルクしか使いません。
角田 私も実家が養蚕をしていて、祖母の機織りの音や蚕が桑をはむ音を聞いて育った。ヘッドスカーフは肌にあたる内側に群馬のシルクを使っているけれど、実はそれありきで始めていたわけではない。髪を失った人の頭皮は敏感になっており、薬治療で負荷がかかるとウィッグを装着するのも辛い時がある。世界一優しい素材を探して、出会ったのがシルクだった。
―製品に求められていることは。
角田 女性はファッション性だけでなく、身に着けた時の快適さやお手入れの簡単さなども求めている。病気の人だけでなく、ファッションアイテムとしても需要がある。整髪できない入院中や、洗髪できない災害時のためなど、こちらが想定していなかった目的で購入される方もいる。
大竹 どんな時でもおしゃれできるお喜びが詰まっている感じですね。
―シルクの需要拡大について。
大竹 扱いづらいけれど、風合いと肌触りだけは絶品。私自身がアレルギー持ちなので、肌に優しいところもいい。ただ、若い世代はシルクの存在すら知らないかもしれない。最新技術でシワになりにくいなど扱いやすいシルクができたら、可能性が広がるのでは。
角田 ニューヨークで市場調査をした時、日本よりも反応が良かった。海外はオーガニックブームなので、環境や人体に良いものが選ばれる。アトピーや肌の弱い人などマイノリティー向けの展開もいいのでは。市場規模が小さいので商業ベースではなかなか目が向けられないけれど、今は誰でも企業やネット販売ができる時代ですから。
―出来上がったコラボ作品の印象は。
大竹 私の絵の主役はアイドル=偶像としての女性。花やジュエリーは女性を美しく彩るものとして、顔の周りなどに描いている。角田さんが着用した姿を見て、絵に描いた女性が抜け出てきたようでうれしかった。
角田 柄の配色や大きさが絶妙で、さすがだと思った。色の力がダイレクトに伝わって、目や肌まで輝くよう。女性をきれいに見せてくれるし、気持ちも華やぎます!
―今後挑戦したいことは。
大竹 今回は角田さんの力を借りたけれど、やはり着物など身に着けるものを作る技術を身に付けたい。コラボを通じてその気持ちが強くなった。
角田 ずっとアーティストとのコラボを模索していた。アート展示をしている病院が多いように、肌や柄が気持ちに与える影響は本当に大きい。髪を失った女性の当事者団体の共同代表として内面からのケアにも取り組んでいるので、アートの力を使った訴求をしていきたい。
独特の質感と風合い
シルクの原料となる繭は本来、蚕がさまざまな自然現象や外敵から身を守るために作るもの。人にも優しいものとして、その機能性が改めて注目されている。家の内装から生活用品まで、活躍の場は広がっている。
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2018年3月に落成した富岡市役所新庁舎。正面入り口から中に入るとすぐ、独特のデザインの壁が目に飛び込んでくる。庁舎を設計した建築家の隈研吾さんが、富岡らしさを出すために追い求めた「絹の壁紙」だ。
壁紙はJapanインテリア・シルク(伊勢崎市)が開発した。本県の養蚕再生を目指した武井千秋社長(62)が、建築分野での活用を模索。碓氷製糸(安中市)から取り寄せた13種類の絹糸の中から、蚕が繭を作る時に最初に吐き出す糸「きびそ」に着目した。
きびそはふぞろいの太さとごわごわした質感で織物には向かない。しかし独特の立体感や風合いは癒やしの印象を与える。抗菌性や調湿性に優れ、紫外線吸収などの特性を持つ。インテリアに最適だと気付いた。
武井社長は「住まいは『第3の皮膚』ともいわれ、健康的に暮らせる住環境への関心は高まっている。シルクの用途がウエア(衣服)からインテリアに広がれば、養蚕を守り、ウエアを守ることにもなる」と力を込める。
確かな品質を発信
富岡シルクブランド協議会は、富岡産シルクを使った製品を富岡製糸場内のギャラリーで展示・販売している。扱うのはファッション小物から美容関連品まで約300種類。日々の生活に溶け込むものばかりだ。
08年に設立され、養蚕農家から製糸業者、絹加工業者、販売業者まで現在は60人の会員がいる。絹に関わる“川上から川下まで”の関係者が結集し、確かな品質の製品を発信している。
持ち歩くと気分が上がりそうな名刺入れやペンケース、羽織るだけでおしゃれなストール、洗い上がりがしっとりするせっけん、血行が良くなるマッサージブラシ、とかすだけで傷んだ髪を補修して艶を与えるヘアブラシカバーもある。
同協議会主任の笹口晴美さん(57)は、絹の文化がいつまでも続くことを願っている。「シルクには不思議な効果がある。その素晴らしさと、現代も産業として残っていることを伝えたい」