《NEWSレクチャー》 普遍的価値証明が鍵に 県など“資産拡充”へ動く 世界遺産 「平泉」が延期 「富岡」登録にも波紋
- 掲載日
- 2008/08/04
国連教育科学文化機関(ユネスコ)の世界遺産委員会が7月、「平泉の文化遺産」(岩手県)について「登録延期」を決議した。14件の世界遺産を持つ日本が推薦した候補の“落選”は初めてで、審査の厳しさや明確な理論構築の必要性を浮き彫りにした。これに対し、暫定リスト入りしている本県の「富岡製糸場と絹産業遺産群」の関係者は事態を重く受け止め、山積する課題への対応や今後の展望について本格的な議論を始めた。「顕著な普遍的価値」を証明するために今何が必要なのか―。
七月六日、カナダ・ケベックで開かれた世界遺産委員会。平泉の文化遺産について、委員国からは文化的価値を認める声もあったが、全体の合意を得るまでには至らなかった。審議時間は約四十分と異例の長さだった。
現地に派遣され、この審議を傍聴した県世界遺産推進室の小野瀬和男補佐は「審査が厳しくなってきているのは間違いない。外国人にも分かりやすい、説得力のある推薦書を作らなければ」と痛感したという。
◎狭き門
一九七八年に登録が始まった世界遺産の総数は、今回の委員会で八百七十八件に上った。ユネスコは新規登録の抑制方針を打ち出しており、採択率は二〇〇四年の82%を最後に六割台にとどまり、今年は62・8%。拡大路線を取ってきた文化庁の方針は今後見直しが予想される。
平泉は、奥州藤原氏が浄土思想を基調に造営した中尊寺など九カ所で構成されている。その思想がどのような世界的意義を持つのか、証明が不十分だったのが落選の大きな原因だった。
では、本県の絹産業遺産群はこの点でどうなのか。「上質の生糸が世界に輸出され、日本の近代化をもたらした象徴であり、平泉とは違う」と自信をのぞかせる関係者もいる。
◎推薦書
しかし、登録可否の命運を握る推薦書の作成に向け課題は少なくない。同遺産群を構成する十カ所のうち、半分の五カ所が登録要件である「国の十分な法的保護(文化財保護法の指定)」を受けておらず、県が二〇〇八―〇九年度にかけ申請準備を進めている。さらに、知名度が上がるにつれて観光客が急増した場所もあり、今後の整備や受け入れの在り方を考える岐路にも立たされている。
産業遺産に詳しい清水慶一・国立科学博物館参事は「各遺産をつなぐ道路を造るなど、広域的にとらえて地域整備を行うべきだ。観光客が来ればいいという考えではなく、制限して景観を保たなくてはいけない」と主張する。
「平泉落選」に緊張感が生まれるなか、県内では構成資産拡充に向けた動きが出てきた。県は七月三十日、構成八市町村に加え、重要な絹産業遺産を抱える高崎、桐生、伊勢崎三市を招き、初の首長会議を開催。県と十一市町村が事務方の協議を開いていくことで合意、着実な一歩を踏み出した。
文化庁の世界文化遺産特別委員会委員として、同遺産群の暫定リスト記載選定に携わった斎藤英俊・筑波大大学院教授は「桐生などを加えるとしても、コンセプトを明確にしないとまとまらなくなる。最終的には資産を絞ることも考えるべき」と指摘。国際的に理解してもらうために、あらためて構成資産の価値、登録基準と資産の価値との整合性をめぐる議論が必要になっている。