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《毛の国よ 第3部・明日紡ぐ繭(2)》担い手 熱意と工夫で成果

回転蔟(まぶし)に蚕を入れる松井。上蔟の間は湿度管理を徹底する=昨年10月、前橋市
回転蔟(まぶし)に蚕を入れる松井。上蔟の間は湿度管理を徹底する=昨年10月、前橋市

中核養蚕農家だった前橋市河原浜町の森下茂(83)方から2月上旬、幼齢の蚕(稚蚕)を飼育するための木箱が運び出された。稚蚕は病気になりやすい。JAなどが飼育し、2回脱皮して3齢になってから農家に配布する仕組みが定着しているが、森下は「蚕を徐々に家に慣れさせたい」と使い続けてきた。

2年前に体調を崩して養蚕を断念。飼育器は手放せずにいたが、市内の生産者組合から使いたいと申し出があり、譲ることにした。「養蚕の灯を消さないでほしい」。半生を養蚕にささげた森下は思いを託した。

◎高齢化と収益性

養蚕農家は前年比15%減のペースで減る。背景には高齢化と低い収益性がある。

県によると、平均年齢は直近の2009年調査で69・9歳。70、80代が6割を占めた。繭1キロの生産に必要な経費は国が最後に実施した1997年調査で3600円。繭価格は1600円だった。

08年に始まった提携グループ事業により、農家の手取りは1キロ当たり2千円前後に増えたが、助成金の減額や廃止で水準を維持できないグループが出る恐れがある。

「それでも、蚕糸業の将来を悲観してやめる人はいない」。県蚕糸園芸課蚕糸係長の岡喜久男(48)は断言する。

◎独自に飼育法

「手をかければかけたなりの応えが出る」。同市滝窪町の狩野恵一(58)、和子(56)夫妻は養蚕の妙味をそう表現する。夫妻の蚕がつくる繭は検定で最高ランク。糸が切れにくく長い。午前3時の見回りや、20日間に及ぶ薪(まき)による温度管理などの成果だ。

こんなこともあった。夕方、桑くれをした後、見回りをしたら、蚕が一斉に首を振っていた。原因が風で流されてきた農薬と察知した。洗面器に水をくみ、蚕を数匹ずつ手のひらにのせてゆすいだ。蚕は新鮮な桑を食み始めた。

同市河原浜町の松井喬(65)も「動けるうちは最後の最後まで」と気を吐く。収入の95%を養蚕から得る専業農家。「質を高めないと生き残れない」と試行錯誤して飼育方法を編み出してきた。

蚕が繭を作る上蔟(じょうぞく)の時に使う部屋は、外気が入らないように壁の穴がふさがれ、床に40センチ四方の穴が6カ所切り抜かれている。湿気が高ければ穴から扇風機で階下に風を送る。こうした管理で真っ白でほぐれやすい繭になるという。5年前には桑畑に牛ふんを敷く除草法を考案。「経費が年間30万円下がった」と胸を張る。

日本の養蚕は農家の熱意が支えている。ただ、たとえ農家が持ちこたえることができても、繭を糸に引く製糸業者がなくなったら…。

ピーク時に288あった器械製糸工場は今、安中市の碓氷製糸農業協同組合と山形県の松岡のみ。産業としての蚕糸業の存亡は、この2社にかかっている。

(敬称略)

富岡製糸場(富岡市) 田島弥平旧宅(伊勢崎市) 高山社跡(藤岡市) 荒船風穴(下仁田町)