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《毛の国よ 第3部・明日紡ぐ繭(4)》育つ担い手 養蚕に魅せられて

手際良く糸をひく東。養蚕を始めて繭の扱いが丁寧になり、糸の質が上がった =3月10日、安中市
手際良く糸をひく東。養蚕を始めて繭の扱いが丁寧になり、糸の質が上がった =3月10日、安中市

富岡市の絹製品メーカー、絹工房顧問の米満正和(62)と、昨年末まで長野県の駒ケ根シルクミュージアムで嘱託職員として働いていた金子聡(26)が2月下旬、前橋市内のレストランで向かい合っていた。

「群馬で養蚕をやりたいと思っています」と金子。

同社は絹成分を配合した化粧品を製造。安全性の面から国産繭を確保したい事情があり、養蚕への参入を真剣に検討している。金子の希望と同社のニーズを知った富岡市が2人を引き合わせた。

「端境期は何をするのか。結婚しても続けられるか。できること、足りないものを整理してほしい。それで養蚕をする意志が固まったら、また会おう」。米満はそう言って金子の目を見据えた。

◎新しいモデル模索

埼玉県本庄市の金子の実家は祖父の代まで繭の仲買人をしていた。子どもの時、緑色の繭をつくる天蚕に魅せられ、蚕への興味を深めた。シルクミュージアムで1年半ほど働き、養蚕農家の手伝いもするうちに、養蚕をやりたいと思うようになっていた。

今、金子は富岡市民。9日から県蚕糸技術センターに研究生として1年間通い、養蚕を基礎から学ぶ。「新しい養蚕のモデルを模索したい」

蚕糸業の存続が危ぶまれる中で、新たな担い手が育とうとしている。

カラカラという小気味のいい音は上州座繰りの特徴という。右手の小ぶりの箒(ほうき)で湯の中の繭をつついて糸をほぐし、左手でハンドルを回す。半透明の糸が木枠に巻き取られ白さを増していく。「くず繭と玉繭で節のある太い糸を作ってるんです」。糸をひき始めて10年。東宣江(36)=安中市=は繭づくりから手掛ける座繰り糸作家。

◎春と晩秋で年80キロ

5年前、繭を仕入れていた農家に「高齢だからそろそろ引退したい」と告げられ、養蚕を始める決心をした。榛東村の農家で2年修業し独り立ちした。春蚕、晩秋蚕で年80キロほど。手間のかかるぐんま黄金や又(また)昔といった品種も飼育する。「シルクの奥深いところがようやく分かってきた」。飼育の苦労を知り、繭の価値も知った。

今年の春蚕から生産量を倍増する。1月に結婚した夫と共に。「何十年も養蚕しているおばあさんは(稚蚕飼育所から)お蚕が届くと腰がすっと伸びると聞いた。そんな風になりたい」

沖縄・石垣島の織物工房で働いていた金田健太郎(35)=富岡市。家業の古紙回収販売業を継ぐため3年前に帰郷した時、富岡製糸場の世界遺産登録運動の盛り上がりに驚き、織物を趣味で続けることにした。座繰りを教わった東に「蚕からやった方がいい」と言われてその気になった。

祖父母や市内のベテラン農家に教わりながら、春蚕を2回飼った。「僕は記憶に養蚕が残っているぎりぎりの世代」。小規模でも続けることに意味があると感じている。

(敬称略)

富岡製糸場(富岡市) 田島弥平旧宅(伊勢崎市) 高山社跡(藤岡市) 荒船風穴(下仁田町)