《毛の国よ 第3部・明日紡ぐ繭(5)》異業種参入 生糸の機能に注目
- 掲載日
- 2012/04/05
養蚕を続けることを決めた吉田。春蚕に備え、飼育機を調整する=3月12日、富岡市
蚕をやめると決めていた県内有数の大規模養蚕農家、吉田俊雄(69)=富岡市=の前に昨年10月、不動産会社社長の武井千秋(54)=伊勢崎市=が突然現れた。生糸の壁紙を開発したので、繭をつくってほしいという。
「もうからないからよした方がいい」。繰り返し説得しようとする吉田に、武井は食い下がった。
◎養蚕の農業法人
「群馬の養蚕農家を残したい」
全国初となる養蚕の農業生産法人が近く設立される。吉田は技術指導担当の役員に就き担い手を育てる。武井らが設立したジャパンロイヤルシルク(伊勢崎市)が繭を高値で買い取る計画だ。 生糸ならではの風合いや機能に目を付け、繊維製品以外で生糸の本格的な需要開拓を目指す企業が登場している。
武井は新潟・佐渡出身。養蚕は身近な存在ではなかったが、碓氷製糸農業協同組合(安中市)を見学し蚕糸業の窮状を知って見る目が変わった。佐渡で絶滅した野生のトキが重なった。
壁紙への応用を研究し、蚕が最初に吐き出す糸「きびそ」を和紙に張った製品を開発した。「当面の持ち出しは覚悟の上」。海外の見本市に出展したり、国内の壁紙業者に売り込みをかけている。
関越道沼田インターチェンジから車で15分のサラダパークぬまた(沼田市)。芝生広場や遊具を備え、休日は家族連れでにぎわう。その一角のガラスハウスで、6月から蚕が飼育される。
始めるのは化粧品販売のラヴィドール(前橋市)。自社開発の化粧品の材料となる真綿を自家調達するとともに、“見せる養蚕”で繭に関心を持つ人を増やす狙い。社長の峰川すみ子(56)と従業員が農家の指導を受け、ボランティアの助けを借りて取り組む。真綿作りや座繰りの体験コーナーも設ける。
◎抽出液を化粧品に
峰川は沼田の養蚕農家で生まれ育った。祖母の手が白くきれいだったことや、子どもの時、薄く削いだ繭を生傷に張って治した経験から、2001年にシルク抽出液100%の化粧品を開発。さまざまな医薬品や化粧品で消えなかった自分の顔のしみが目立たなくなったことから、製造販売に乗り出した。
「繭の力が知られれば、養蚕の衰退に歯止めが掛かる」。峰川の信念だ。 群馬大医学部は昨年、シルク抽出液が肌に与える影響を調べた。高齢者の細胞でコラーゲンを分解する酵素の生成を抑制し、炎症を起こすタンパク質の生成も抑制することが分かった。
担当した教授の石川治(57)は「人を対象にした長期の検証が必要だが、細胞を使った実験レベルでは、皮膚のはりを保ったり、色素沈着を抑える可能性がある」との見方を示している。