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「富岡製糸場と絹産業遺産群」Web

《富岡製糸場140周年記念国際シンポ》産業遺産を後世に 市民の参画が重要

矢野和之さん
矢野和之さん

建物すべての開放を デュフレーヌさん

繰糸機も貴重な資料 岩垂さん

目に見えぬ価値大切 岡田さん

パネリストの話を聞く来場者
パネリストの話を聞く来場者

富岡製糸場創業140周年を記念した国際シンポジウム「世界遺産登録へ! 産業遺産の魅力~まもる、みせる、つたえる」(富岡製糸場創業140周年記念事業実行委主催)が、県庁で開かれた。海外の専門家を招いた講演とパネルディスカッションを通じて、2014年の世界文化遺産登録を目指す「富岡製糸場と絹産業遺産群」を保護、公開して、次世代に伝えて行く方法を考えた。

産業遺産の保存や活用について討議したパネルディスカッション
産業遺産の保存や活用について討議したパネルディスカッション

―産業遺産を世界遺産として登録する機運が高まっている。2人の講演の感想を。

岡田 フランスはイタリア、メキシコではイギリスやドイツといった外国からの技術協力を得て産業が成立していった。地域の長い伝統において、自分たちで後世に残さねばならない文化的な遺産という意識が育まれていった事情も理解できた。

2004年、奈良で開かれた国際会議の提言「大和宣言」は有形文化遺産と、目には見えない技術といった無形文化遺産を総合的にアプローチしていくという考えだ。産業遺産の価値は、目には見えない要素が多く含まれているため、今後の評価において重要な視点になる。

2人とも産業遺産を後世に残す活動に関わっている。フランスとメキシコではどのように取り組んでいるのか。

岩垂 メキシコにはすでに文化遺 産に関する法律がある。ただし1972年の古い法律であり、無形価値と産業 遺産、20世紀の遺産を考慮していない。現在、法改正をしているが難しい作業で、既に20世紀の建物の多くが破 壊されてしまった。歴史は継続性があるので、法律の改 正が必要だ。

デュフレーヌ フランスでは19世紀以来、記念物の目録を作成する公的機関がある。だた、長年にわたって産業遺産に注目してこなかった。1980年代半ば、機関の傘下に産業遺産の特別部門ができ、目録の作成を始めた。加えて、各地方ごとに産業遺産に特化した部署が設けられ、記録や保全、目録の作成に取り組んでいる。

岩垂ミグルさん
岩垂ミグルさん

―富岡製糸場、荒船風穴、高山社跡を見学した感想は。

岩垂 製糸場の保存状態は予想以上で感動した。メキシコでは、工場が閉鎖されるとまず機械が売却されてしまう。しかし、製糸場には繰糸機といった機械が多く残っている。機械は資料でもあり、見れば過去の情報を読み取ることができる。機械が残っていることは重要なことで、建物と一体をなしている。さらに、時代ごとの建築様式も理解でき、日本の職人技を垣間見ることができた。

製糸場や風穴、高山社跡を巡り、関連性をよく理解できた。日本の技能水準の高さや、養蚕に適した建築様式の特徴が出ており、背景が分かった。

市民参加については、地元民が遺産に対してアイデンティティーを感じられることが大切。なぜなら歴史の一員であることを実感できるからだ。これは遺産の保護に関して重要な要素の一つであり、社会参画を確保することが最適な保存につながる。

この社会参画において最も困難なことは、人をそのプロセスに参加させること。技術といった目に見えない無形遺産の価値を伝える一翼を担うのが地元住民であり、市民参加が重要になってくる。

岡田保良さん
岡田保良さん

デュフレーヌ 製糸場は美しく、保存状態も素晴らしい。さまざまな建物が残っており、建物全体で完全な複合体をつくっている。ただ一部は公開されていなかった。歴史的価値を学ぶ教育の場として、すべての建物を開放すべきだろう。寄宿舎に調度品を入れるなどして復元すれば、来場者が当時の様子を想像できる。

ヨーロッパでも、工場が閉鎖されると機械を売却してしまうが、製糸場には残っている。来場者は機械が動く様子を見たがるので、現存する繰糸機などを稼働できればいい。

また、高山社跡では養 蚕のノウハウがどのようにして伝わっていったかが分かった。荒船風穴は、石垣を強化して模 型や図面で役割を示せばもっとよくなる。

ジュヌビエーブ・デュフレーヌさん
ジュヌビエーブ・デュフレーヌさん

―製糸場に機械が残っている理由については、会場に専門家がいるので聞いてみたい。

今井幹夫・富岡製糸場総合研究センター所長 1987年まで片倉工業が経営していたが、やむなく閉鎖した。その際、当時の社長は製糸場を売らない、貸さない、壊さないという三つの原則を守ってほしいと宣言した。その趣旨に基づき、片倉は2005年まで職員を派遣して維持管理に当たった。製糸場を1社のものでなく、官営製糸場から三井、原、片倉に引き継がれた遺産として、残してしかるべきだと考えたからではないか。

―ものだけでなく、無形のものをどうやって継承していくかが重要な意味を持つ。製糸場では、ボランティアが活動しているが、民間活動に関するアドバイスを。

岩垂 新たな世代の意識を高めるためにも、教育が極めて重要だ。わが国でも世界遺産に関する教育プログラムを実施しようとしている。小学1年のカリキュラムの中では、家族の中でおじいさんの写真を大切にしているという事例を出発点に、遺産の大切さを教える。

デュフレーヌ フランスでは、教員に対して産 業遺産の研修の場を提 供している。産業遺 産の保存がなぜ大事なのかということを理解してもらい、教 育の場で役立ててもらうためだ。

―会場からも質問を受け付けたい。

会場 フランスから見た富岡製糸場の印象は。

デュフレーヌ フランスの技術を取り入れて創 業されたが、その後は日本人が独自の技 術を導入している。フランスから日本に伝わった技術の発展が見られる点が非常に興 味深い。

―製糸場に関する世界の遺産を県が調べたが、富岡製糸場に匹敵するものはなかった。フランスの技術指導で始まったが、日本独自のイノベーションが続いたことも誇れる。

会場 産業遺産は専門的な部分が多く、どれくらいのレベルの解説と展示をすればいいのか。

岩垂 鉱山の博物館を手掛けた時、どれだけの情報を入れるべきかを考えた。専門的な技術情報も入れたが、解説は一般人が理解できるものにした。

デュフレーヌ 若いガイドの育成が重要だ。フランスの鉱山の博物館では、労働者がガイドを務めていたが、年々少なくなってしまった。だからこそ若い人が解説のトレーニングを受け、語り継いでいく必要がある。

【パネリスト】

ジュヌビエーブ・デュフレーヌさん
(国際産業遺産保存委員会フランス代表)
岩垂ミグルさん
(国際産業遺産保存委員会メキシコ代表)
岡田保良さん
(県世界遺産学術委員会委員長)

【コーディネーター】

矢野和之さん
(日本イコモス国内委員会事務局長)

富岡製糸場(富岡市) 田島弥平旧宅(伊勢崎市) 高山社跡(藤岡市) 荒船風穴(下仁田町)