《ひと紡ぎ まち紡ぎ・・・絹遺産と歩む・・・第1部 文化の継承》(1)学校キャラバン 人材育て 未来へ
- 掲載日
- 2013/01/24
富岡製糸場世界遺産伝道師協会の学校キャラバンで上州座繰りを体験する子どもたち=渋川橘北小
カラカラという小気味いい音が教室に響き渡る。左手でハンドルを回し、右手の小型ほうきで煮たてた繭をほぐすと、繭の一つ一つから伸びる糸が一本になっていく。「わぁ、カプセルから糸が出てきた」「これが服になるの?」。
◎糸引き体験
渋川橘北小で昨年12月、3年生を対象に行われた富岡製糸場世界遺産伝道師協会(近藤功会長)の学校キャラバン。上州座繰り器で糸引きを体験する子どもたちから、驚きの声が上がった。3年生は1学期に「養蚕体験」をするが、養蚕の先に製糸・織物があることを知っている子どもはどれくらいいるのだろうか。
養蚕、製糸、織物―。世界文化遺産候補として政府の推薦を受ける本県の「富岡製糸場と絹産業遺産群」は、一連の絹産業に従事した県民の営みを示すものだ。一面の桑畑と機織りの音に包まれた生活の中で県民が自然に育み、身につけてきた文化の継承に赤信号がともっている。
県蚕糸園芸課によると、県内の養蚕農家は戦後のピークの1958年に8万4470戸あったが、2012年は217戸まで減少。橘北小周辺でも、09年を最後に養蚕農家は姿を消した。かつて当たり前だった蚕を育てて糸を引くという風景が、非日常のものになって久しい。
橘北小のキャラバンで講師を務めた伝道師、町田順一さん(62)=渋川市北橘町=は元県蚕糸技術センター所長。生きた蚕やさなぎ、生糸、染織したスカーフを使って養蚕から製糸、織物業への流れを説明した。「絹産業のつながりを捉えた上で、富岡製糸場が果たした役割を理解してほしい」と願う。
◎知識の欠如
知識の欠如は子どもに限らない。伝道師協会が伊香保温泉(渋川市)で啓発チラシと共に繭を配った際、20代とみられる若者から「これ食べられるんですか」と聞かれた。会長の近藤さん(72)=前橋市南町=は、この出来事から若年層全体への教育の重要性を再認識したという。
とはいえ、学校現場で養蚕や世界遺産教育に取り組んでいるところは、世界遺産候補の地元など一部に限られる。「そもそも既に養蚕を知らない教諭がほとんど」。県教委も学校単独の養蚕教育が困難になっている現状を認める。
京都市で昨年11月開かれた世界遺産条約採択40周年の記念会合。世界遺産の未来は京都ビジョンとして発表され、「次代を担う世代の役割」は重点項目として盛り込まれた。世界遺産を持続的に発展させるため、登録前からあらゆる段階で人材を育てる必要性を訴えたものだ。
近藤さんは、養蚕・製糸を身近に感じて育った世代と、それ以降の世代で絹の文化に対する関心に大きな隔たりがあることに危機感を募らせる。「子どもたちが絹産業の歴史や文化をきちんと理解してくれなければ、貴重な絹遺産の価値は継承できない」
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本県の「富岡製糸場と絹産業遺産群」が、2014年の世界文化遺産登録を目指して近くユネスコに正式に推薦される。世界遺産登録を見据え、県民や行政はどう絹遺産と関わればいいのか。人づくりの方策、保存と活用、さらに地域振興のあり方を展望する。
(次回から社会面に掲載します。)