《ひと紡ぎ まち紡ぎ・・・絹遺産と歩む・・・第1部 文化の継承 》(10) 絹の里からの情報発信 若者の呼び込み鍵
- 掲載日
- 2013/02/03
蚕に触る若い女性。20~30代の呼び込みが、蚕糸絹業や文化の継承の鍵を握る
「かまないから触ってみてください」。解説員が20代の女性に差し出したケースの中で蚕が動く。なかなか手は伸びない。解説員が暴れたり、病気がうつる心配がないことを説明すると、女性は恐る恐る手のひらに乗せて表情を緩めた。「よく見るとかわいいですね」。若い世代には、生きた蚕に触れるのが初めてという人が多い。
◎空白の世代
蚕糸絹業の展示体験施設、県立日本絹の里(高崎市金古町)。「富岡製糸場と絹産業遺産群」の世界遺産登録が大詰めを迎えようとする中、その価値や魅力を発信する役割はますます大きくなっている。
2011年度の年間展示観覧者約3万200人の年代別内訳をみると、最多は60代で26・4%。40代以上が約7割を占めた。その一方で、20代はわずか3・7%にとどまる。19歳以下は15%で、多くは夏休みの子ども向け展示に来た小学生だ。"空白の世代"をつくることは、本県で培われた蚕糸絹業の歴史や文化を伝える上で大きな障壁となりかねない。
展示担当のチーフディレクター、上野邦彦さん(57)は長年のこの課題に頭を抱える。打開策の一つとして前橋や高崎、渋川3市の市教委や小学校長会に団体見学を提案したところ、昨年度は14回、本年度も1月までに8回の利用があった。「小学生であれば、学校を通して呼びかけることができる。けれど若者となると、そうもいかない」
短文投稿サイト「ツイッター」や交流サイト「フェイスブック」など、個人で情報発信できるツールがあふれる時代。若者たちにより張り巡らされたネットワークさえつかめれば、情報の広まりは計り知れない。こうした事情は分かっていたが、「中高年層の関心にしっかり応えながら、若い世代を取り込めるだろうか」。展示部門を統括する立場として、上野さんは一歩を踏み出せずにいた。
◎アプローチ
しかし4月に始まる特別展では、ある試みを仕掛けることにした。会場の一角に、30代の女性染色作家が制作した絹布のろうけつ染めを展示。アイドルなどをモチーフにしたポップな作品で、同世代を呼び込もうという狙いだ。「これが一つの試金石となる。どういう反応があるか分からないが、手をこまねいてばかりいられない」
養蚕から製糸、織物までが大河のようにつながり、その流域に豊かな文化が花開いた「絹の国」。伝統の蚕糸業が残るだけでなく、遺伝子組み換え蚕を使った医薬品など産業利用に向けた研究も進み、展望が開ける可能性も秘めている。多様な関心に応える奥深さと、興味を引く間口の広さは十分にあると言えるだろう。さまざまなアプローチにより、次代を担う若者に働きかける手を緩めてはならない。
(おわり)