■19・船津伝次平
明治3老農の一人、船津伝次平
〈すいごろの煙草(たばこ)とひねる蚕裏(こうら)かな〉
自宅から近い神社で開かれた句会に船津伝次平が投稿した作品が最高点を取った。十四、五歳のころ、「養蚕」をテーマに詠んだ一句である。蚕が食べ残した桑の葉が吸いごろの煙草のように乾いているといいことを説明している。蚕の飼育に注意すべき点の一つに着目し、十七文字に表した。このころから専門的な知識を体得していたのだろう。
伝次平が六十五年の生涯を閉じた二年後の一九〇〇(明治三十三)年、東京都北区の飛鳥山公園に高さ三メートルの「船津翁の碑」が建った。教え子が伝次平の偉業を長く伝えようと、全国から浄財を集めて建立したものだ。