絹の国の物語

絹の国の物語

第1部・新町屑糸紡績所

1・町発展の礎再評価 高まる住民保存運動 2005/10/17

旧官営新町屑糸紡績所
新町住民による保存運動が進む旧官営新町屑糸紡績所

「新町屑(くず)糸紡績所を後世に残し、富岡製糸場とともに世界遺産を目指そう」―。9月17日、住民組織「よみがえれ!新町紡績所の会」の設立総会が開かれ、会長を務める県立女子大教授の片桐庸夫さんが300人の聴衆に呼び掛けた。

カネボウフーズ新町工場内にあり、建物の存続が危ぶまれる旧官営新町屑糸紡績所(旧内務省勧業寮屑糸紡績所)。長く忘れられた存在だった産業近代化遺産に、光が当たり始めている。


◎木造紬糸工場

カネボウ関係者が多い同町では、町民の関心も高く、同会の初期会員は目標の300人を上回り、480人に達した。

突然の保存運動への戸惑いや、「世界遺産」という目標に対して疑問の声もある。が、多くの町民や元従業員から「新町には国指定の文化財がないので、ぜひ残して」「自分の職場が文化財になれば誇らしい」との意見が挙がっている。

佐藤真喜子副会長は「『カネボウあっての新町』と言われる町であり、多くの町民が無関心でいられない出来事。紡績所の保存活動は、町の歴史や文化を再考するきっかけにもなる」と語る。

同会の名称には、新町発展の礎となった紡績所の再評価を通じ、「新町の活気を取り戻す」という意味も込められている。

新町屑糸紡績所は1877(明治十)年に開業した官営模範工場で、当時の木造 紬(つむぎ)糸工場が現存している。明治十年までに建てられた官営工場で建物全体が残るのは、全国でも旧富岡製糸場と新町屑糸紡績所の二例だけで、同紡績所を「国の重要文化財クラスの価値はある」とみる専門家も少なくない。

しかし、一般にはほとんど知られない状態のまま、親会社のカネボウが産業再生機構の下で経営再建に入り、施設は存続の危機に瀕ひんしている。

◎息の長い活動

県と新町は七月、カネボウと再生機構に紡績所の保存を要望したが、事業の売却先企業の意向によっては取り壊される可能性もある。

また、新町は来年1月に高崎地域五市町村での合併が決定。町としての対応はタイムリミットが迫る上、新「高崎市」には、北谷遺跡(群馬町)や箕輪城跡(箕郷町)など重要な文化財が多く、同紡績所だけを特別視できない、というとらえ方もある。

県世界遺産推進室の松浦利隆室長は「現時点で出来ることは、すべて手を打った。あとは住民の運動が大きなポイントになる」と語る。

20日に開催予定の県主催の新町紡績所見学会には、定員を上回る応募が寄せられるなど、県民の関心は高まりつつある。「紡績所の会」は、勉強会や見学会を行い、紡績所の周知・啓発活動を行う予定だ。同会は「一人一人に紡績所を正しく認識してもらい、息の長い活動を目指したい」としている。