第6部・島村を引き継ぐ
2・高齢化 保存・活用に時の壁 2006/8/28
町田泰久さんの家の隣で建築が進む町田吉則さんの新しい家
一軒の養蚕農家が今年四月、取り壊された。1870(明治3)年に建てられた家は、間口18メートル、奥行き12メートルの総二階建て。屋根の上に端から端まで通気をよくするためのやぐらがある「総やぐら」だった。新しい家の建築を見守る町田吉則さん(85)は「それは生まれ育った家だから―」とその後の言葉をのみ込み、「未練はない」と自分に言い聞かせるように話した。
◎補修に150万
西隣の町田泰久さん(50)宅は、間口18メートル、奥行き11メートルの総2階建て。2階の廊下がひさしのように南側の屋外に突き出た構造を持つ。吉則さんの家と同じように総やぐらだったが、雨が吹き込むため、瓦をふき替えた8年前にやぐらを撤去した。
日本を代表する蚕種村・島村の象徴ともいえる養蚕農家の建物がここ数年、姿を消している。養蚕農家に見られる特徴的な屋根の上のやぐらも瓦のふき替えなどに伴って撤去が進んでいる。
島村でも養蚕農家がひときわ多く立ち並ぶ新地地区。小暮茂さん(67)は間口23メートル、奥行き8メートルの総2階、総やぐらの家に妻と2人で住む。2人の子供たちは近くに家を構える。昨年、屋根を補修した。瓦が飛ばないようにしっくいを詰めて瓦のずれを直した。費用は約150万円だった。「育ってきた愛着のある家だから壊せない。でも私が死んだらこの家はどうなるか分からない」。経済的負担に加えて家を守る次の世代もおぼつかない。
◎家への思い
「人間が生活する家で、こんな大きな家は必要ない。養蚕をするために造った当時の工場」と田島善一さん(80)は、黒くすすけた天井を見上げた。田島さんの家は間口23メートル、奥行き13ートルの総2階、建物の総面積は約600平方メートルになる。「この家で生活できるうちは壊す必要はないが、維持できなくなれば仕方ない」と静かに話した。
百44年前に建てられた家に住むぐんま島村蚕種(さんたね)の会会長の田島健一さん(76)は、みんなの思いを代弁するように語った。「家は残した方がいいに決まっている。でも持ちこたえていくのは容易なことではない」
養蚕農家の老朽化とともに、家を引き継ぎ、守ってきた人たちの高齢化が進む。農家の保存・活用を探る資料とする蚕種の会の建物調査は始まったばかり。時間は容赦なく過ぎて行く。