絹の国の物語

絹の国の物語

第6部・島村を引き継ぐ

6・活性化 心意気何より大切 2006/9/1

東京都羽村市の石橋正彦さんが訪ねる田島昭次さんの養蚕農家。屋根には3つのやぐらが残る
東京都羽村市の石橋正彦さんが訪ねる田島昭次さんの養蚕農家。屋根には3つのやぐらが残る

伊勢崎市は歴史的・文化的景観資源として島村の養蚕農家群の景観を生かしたまちづくりを計画したことがあった。農家群と「日本資本主義の父」といわれる明治の大事業家、渋沢栄一の生誕地や記念館を結ぶ散策コースも整備。「島村の渡船(とせん)」と合わせて「島村」を市の「南の玄関」として観光客を呼び込み、地域を活性化する計画だった。

渋沢栄一は二回目の直輸出でイタリアに渡った田島武平と遠戚(えんせき)関係にあるなど島村とゆかりは深い。隣接する埼玉県深谷市にある生誕地と記念館も島村の養蚕農家群から三キロほどの距離にある。

伊勢崎市はこの計画を本年度の国の全国都市再生モデル調査に応募したが、計画は採用されず「幻」に終わった。


◎体験と宿泊

計画を手掛けた伊勢崎市都市計画課は、その島村で始まったぐんま島村蚕種の会の活動こそ地域活性化につながると期待している。島村について学ぶ郷土史学習講座、養蚕農家の保存・活用を探る資料とする建物調査、そして、観光ボランティアの養成。「地域活性化には、自分たちで何とかしようという心意気が何よりも大切」と高く評価する。

蚕種の会の会員の中にも養蚕農家を地域活性化に生かそうと考える人がいる。

農作業を体験したい都会の人に土地を提供して養蚕農家を民宿のように活用する、体験学習ができて宿泊もできる施設として活用する―。わいてくるアイデアは尽きることがない。

島村蚕種協同組合の跡地にできた住宅団地に一九九一年、深谷市から転居して来た後藤三佐子さん(49)も養蚕農家を生かして地域を活性化したいと考えている。蚕種の会会員でもある後藤さんは「養蚕農家で島村の知名度が上がれば、島村に住む人も増えるかもしれない」と人口増を期待する。

◎ゆったり

田島昭次さん(78)は、一八七二(明治五)年に建てられた自宅を案内した縁で、東京都羽村市の石橋正彦さん(62)と九年前から手紙のやりとりをしている。「養蚕に興味があって島村に行った。島村に行くと気持ちがゆったりとなって、心が豊かになる」。石橋さんは二、三年に一度、田島さんを訪ねる。

見慣れた風景や養蚕農家の思いもよらない活用方法があるかもしれない。養蚕農家という核ができることで、島村にいろいろな可能性が生まれる。