絹の国の物語

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第3部・碓氷製糸の挑戦

11・養蚕やめても支援 出資金 2005/12/19

碓氷製糸の経営の根底を支えている養蚕農家の出資証券
碓氷製糸の経営の根底を支えている養蚕農家の出資証券

松井田町下増田の養蚕農家、平石鐐平さん(77)は11月、養蚕をやめた周辺の農家を訪問して回った。「出資金が残っている。家のどこかに出資証券があるはず。換金できるよ」。そう伝え歩いた。碓氷製糸農業協同組合(同町新堀)の九つ く も19支部長としての役目だった。


◎換金促す

 長年苦楽をともにした養蚕仲間たち。出資金を返し、碓氷製糸から離れてしまうと、二度と養蚕に戻ってこない。換金を勧めながらも、胸の内には言い表せない寂しさがあった。

碓氷製糸は養蚕農家が組合員となり、経営を支える協同組合。養蚕農家は繭を碓氷製糸に出荷すると、正規の繭代のほかに、「代金の一部を碓氷製糸に出資する」という名目で、出資証券を受け取った。手元の証券は年々増え、碓氷製糸との結び付きは深まっていった。

碓氷製糸への出資金は、1973年には1億円を突破。出資して組合員になった養蚕農家は、2800人に達した。

けれども、そのころをピークに蚕糸業は衰退。本年度の組合員は985人に減り、さらにこのうち実際に繭を出荷したのは134人に過ぎなかった。大半は養蚕をやめたものの、証券を換金していない形式上の組合員になっていた。

「養蚕をやめた人には出資金を返したい。万が一の時、迷惑をかけたくない」。高村育也組合長(59)は、今年5月の総会で換金を呼び掛けた。さらに農家に直接出向き、換金を促すよう各支部の役員に依頼した。

「昔は一緒に養蚕をやった仲間。碓氷製糸が苦しいのを知っているから、換金に来づらいのでしょう」。高村組合長は、心優しい養蚕仲間の心情を読み取る。

◎感謝の念

平石さんは99地区の19戸を回った。その中に、碓氷製糸設立時の監事、潮泰彰さん(87)がいた。

潮さんは出資証券の存在を知っていて、換金していなかった。そして今回も換金を断った。「設立運動に携わった一員。もらえば碓氷製糸と縁が切れてしまう。命ある限り、見守っていく」

平石さんは、胸が熱くなった。「こういう偉大な先輩が、立派な基礎を築いてくれた。だから今も、養蚕ができるんだ」と、感謝の念が込み上げた。

1950年代には8万戸を超えた県内養蚕農家。その大半は現在、養蚕から離れているものの、潮さんのように今後も見守り、支えたいと願う人がいる。そんな支援や激励が碓氷製糸や現役の養蚕農家にとって、蚕糸業継承のための大きな活力となっている。