絹人往来

絹人往来

■58・職人

捺染加工業 石井 広実さん
捺染加工業 石井 広実さん

はけを持つ右手が痛む。思うように動かせず、もどかしい。伊勢崎銘仙の捺染(なっせん)加工職人、石井広実さん(72)=伊勢崎市境伊与久=は作業の手を止め、手首をいたわるようにさすりながらつぶやいた。「六十年近くもやっているから仕方ない。医者には『使い過ぎ』って言われたけど、休むわけにはいかないんだ」。かつては何十軒もあった捺染業者が急減して久しい。現在、中心となっている石井さんが休めば、伊勢崎銘仙全体が揺らぎかねない。

初めてはけを握ったのは十六歳、奉公先の捺染業者の作業場だった。「近所の人も友人も、みなが糸仕事に就いていてね。糸仕事がなくては、生活できなかったよ」。毎日朝八時から夜十時まで、黙々と捺染作業に打ち込んだ。休みの前日は残業が夜明けまで続いたが、「仕事があることに感謝をした」という。

伊勢崎銘仙は生糸を先に染め、その模様通りに織るのが特徴。織り上げる際の微妙なずれで柄がかすれたように見え、独特の風合いが生まれることから、絣(かすり)とも呼ばれている。

作業工程は複雑に分業化されている。石井さんが携わる解(ほぐ)し絣では、まず「整経(せいけい)」職人が経(たて)糸を仮織りする。そこへ捺染加工職人が型紙を載せ、へらを使って染料を糸に染み込ませ、模様を描く。その後も「経巻(へまき)」「製織」「整理」など高度な専門技術を要する工程が続く。多くの職人の手をへて、ようやく一つの反物が出来上がる。

(2006年9月17日掲載)