異変 切ない思い俳句に 萩原 松子さん(76)沼田市柳町 掲載日:2006/05/23
桑の木に囲まれ当時を語る
萩原さん
遠く武尊山を望む桑畑。きれいに切りそろえられた桑の枝には、青々とした葉が目立ち始めた。北毛地区にも養蚕の季節が近づいている。沼田市柳町の萩原松子さん(76)は、近所の養蚕農家の桑畑をいとおしそうに眺める。
「養蚕をやめて5年。今でもお蚕が忘れられない。体が昔のように動くなら、小ちゃな箱にでもいいから飼いたい」
つらい思い出がある。1992年の晩秋蚕(ばんしゅうさん)。原因不明の異変が、一帯の養蚕農家を襲った。
「大きくなったお蚕を、回転蔟(まぶし)に上げるでしょ。その後、何日かたっても、繭はポツポツ。大きなお蚕がのそっとして、ちっとも糸を吐かない。周りのうちもみんな同じで、大騒ぎになったのよ」
原因は特定されていない。繭にならない蚕は、人々の手で土に埋められた。
「つらくって、切なくって。埋めた日の夜は、布団に入っても眠れないし、しばらくは、穴からお蚕がはい上がってくる夢を見た。愛情かけて、大事に大事に育ててたんだけどねえ」
切ない気持ちを俳句に詠んだ。
<糸吐けぬ 秋蚕(あきご)葬る鍬(くわ)重し>
<突然の 秋蚕異変に 呆然(ぼうぜん)と>
「埋められる蚕がかわいそうでね。土をかぶせる鍬が、何とも重かった」。当時を思い返すたび、胸の奥の古きずが痛む。
その後も8年間、養蚕を続けた。養蚕農家の女性同士で、交流しながらいい繭作りを競う、楽しい日々だった。
<人寝入る 町の一隅(いちぐう) 蚕飼いの灯>
<繭作る 幽(かそ)けき音を 聞く夜更け>
「いい繭を取りたくて、夜中に一人で様子見に行ったり、桑くれたりした覚えもあってね。蚕が本当に好きで、好きで、好きなのよ」
収支が合わなくなり、2001年に米やトマトの栽培に転向した時も、「養蚕を続けたい気持ちでいっぱいだった」と打ち明ける。近所にはわずかに養蚕農家が残る。夜の町を眺め、“蚕飼いの灯”を見つけると、今も心が揺れ動く。