絹人往来

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釉薬 くず繭から独自の光沢 伊藤 久米夫さん(57)  下仁田町青倉 掲載日:2008/10/01


完成した作品を手にする伊藤さん
完成した作品を手にする伊藤さん

 「灰が最終段階とよくいうけれど、いったん灰にして、再生するのが焼き物屋」
 富岡市内の糸繭商から糸にならないくず繭を譲り受け、繭の灰を素材とする釉薬(ゆうやく)を開発、陶器を制作した。わら灰と二重がけした鉢は金属に似た輝きを放つ。繭灰だけのフリーカップは柿釉などに似た色合いで、絹を思わせる光沢を持つ。
 陶芸家として古里の下仁田町内に窯を構え、「上州下仁田焼」と命名した作陶を続けている。
 「陶芸を始めて38年近くで繭は初めて。どんな色が出るか、予測できなかった。少し変わった不思議な色だ。銅や金のように見える部分も金属ではないようだ。窯の温度は1280度程度で、金属を使うと黒くなる。繭は純粋なタンパク質と聞くが、一緒に燃えるサナギの成分の影響が大きいのかもしれない」
 物産関係団体の仲間に誘われ、繭から抽出した絹タンパクの水溶液活用を目指す研究会に参加したのが、繭の釉薬の実験に取り組んだきっかけ。
 「一斗缶に繭をびっしり詰め、暖炉の中に置いて薪で熱すると、底にほんの少し灰が残る。灰にすると、質量は何千分の一か一万分の一くらい。繭は100キロほどで、何度も繰り返し燃やした」
 「繭は入手しにくく、試みた人もほとんどいなかったのではないか。ここまでできてくると面白い。紫系の部分は昔ながらの均窯釉に似ている。研究すれば、もっと変わった、きれいな色も完成できそう。花瓶などにも向くかもしれない」
 絹産業遺産関連の創作として、生け花を長持ちさせる素焼きの剣山「凹山(ぼこざん)」を旧官営富岡製糸場のれんがのミニチュアサイズに改良、れんがをくりぬいた形のあかりも作った。作品は、「道の駅しもにた」に県作家協会の仲間と共同開設した「ものづくりの家」に置いてある。
 子供のころ、辺り一面が桑畑だった。トンボやセミを追い、どどめ(桑の実)を採った。器の模様として葉の形を写し取るため、自宅や窯場に桑を植えてある。
 制作用の土は基本的に地元産。繭の釉薬を含め「その場所にあるもので、ゼロから100まで作るのが焼き物の基本」と話す。

(富岡支局 西岡 修)