絹人往来

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蚕糸課長 皇太子ご夫妻を案内 中島 茂さん(72) 太田市新田木崎町 掲載日:2007/3/20


全国農業青年交換大会に皇太子ご夫妻が出席された際の記録を手に、当時を振り返る中島さん
全国農業青年交換大会に皇太子ご夫妻が出席された際の記録を手に、当時を振り返る中島さん

 1994年8月、本県で開かれた「全国農業青年交換大会」に皇太子ご夫妻が出席された。当初は、会場のグリーンドーム前橋で絹製品の販売だけを行う予定だった。だが、宮内庁から県蚕業試験場を見せてほしいとの依頼があり、県蚕糸課長(当時)として、座繰りの見学を提案した。
 「皇太子さまが幼少のころ富岡製糸場を訪れ、機械で糸を巻く様子を見学されていたことを覚えていたので、今度は手回しの原始的な座繰りの様子を見てもらいたかった」
 試験場を案内しながら「幼少のころ、富岡製糸場で機械製糸をご覧になっていらっしゃいますよね」と、皇太子さまに声を掛けたところ、よく覚えています、と答えられたという。
 「蚕業行政と蚕業試験場の概要を説明し、かなり緊張したことを覚えている。皇太子ご夫妻は非常に熱心で、喜んでもらえたようでうれしかった」
 蚕業関係の仕事に就いた59年から18年間は、県蚕業試験場で研究に没頭。場長の意向で基礎研究ではなく、農家の技術に直結する研究を重視した。断熱材の役割をする土を使い、温度と湿度が一定に保たれた土蔵の中で養蚕をするなど、前任者の研究成果も引き継いだ。
 「朝も夜も休みも関係なく、農家が頻繁に試験場に相談に来た。そうした研究が県はもちろん、日本の養蚕業を支えていたと思う」
 93、94年の蚕糸課長時代は皇太子のご訪問だけでなく、日本絹の里一帯(高崎市金古町)の土地取得や富岡製糸を富岡市が活性化させるために、仲介役として話し合いに参加するなど奔走した。
 「関根町の県稚蚕人工飼料センターを移転するのに、土地の買収は県蚕糸課でお願いしたいと言われてね。こっちは素人だし、驚いたよ。でも、うちの課が総力を挙げて頑張った」
 長年携わってきただけに、富岡製糸場の世界遺産暫定リスト入り決定は感激だったという。
 「こんなに早く動くとは予想していなかった。当時の話し合いが、畑を耕すような役割ができていたとしたらうれしいね」

(太田支社 臂真里緒)