絹人往来

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錦絵 屑糸紡績所の価値PR 黒沢 康弘さん(53) 藤岡市藤岡 掲載日:2007/3/17


曾祖父が描いた錦絵を持つ黒岩さん。手前は版木。「世界遺産を目指して地道にPRしていく」と夢を語る
曾祖父が描いた錦絵を持つ黒岩さん。手前は版木。「世界遺産を目指して地道にPRしていく」と夢を語る

 経営する精肉店には、高崎市新町の旧官営新町屑(くず)糸紡績所にかかわる多くの記事を張り出し、来店者にその大切さをPRしている。
 1877(明治10)年に創業した同紡績所は、日本人が初めて手掛けた洋式工場で、近代産業遺産として関心を集めている。
 「新町紡績所が富岡製糸場と一緒に世界遺産になってほしい」。本県の絹産業遺産の世界遺産登録運動が盛り上がるなかで、そんな思いが強くなったのは、曾祖父が残してくれた錦絵がきっかけだった。
 一昨年四月。自宅を訪れた旧新町役場の職員から「紡績所を描いた錦絵の版木を見せてほしい」と言われた。母親のさわさん(87)が大切に保管していたのを覚えていた。
 「子供のころに母親から見せてもらい、幼心に素晴らしい作品だと感じていたが、歴史的に重要なものだとは思っていなかった」
 倉庫を探し始めて約1カ月、版木と6色刷りの錦絵が見つかった。作者は、曾祖父の故石川徳太郎さん(雅号・狩野美信)。新町に生まれ、狩野派の画家として活躍した。作品は1877―83年ごろの制作とみられ、同紡績所の創業当初を描いたものはほかにはないという。
 黒、白、青、緑、黄、茶の6色で刷られており、糸や物資を運んでいたとみられる帆掛け船や大八車、紡績所の黄色い窓枠などが克明に描かれている。錦絵を刷った版木も健在で、版木3枚の表と裏計6面に絵柄が彫られている。
 錦絵は明治百年を記念して刷られたとみられ、現在、3枚しかない貴重なものと分かった。同年6月に公開されると、大きな反響を呼んだ。
 「世界遺産なんて雲の上のような話と思っていた。先祖が描いた錦絵が公開されてよみがえったように、屑糸紡績所も世界遺産になってもっと多くの人にその歴史や建築技術の素晴らしさを知ってもらいたい」

(藤岡支局 林哲也)