桑の木 巨木が伝える昔の風景 千明貞夫さん(68) 片品村摺渕 掲載日:2006/09/05
巨木に寄り添い、「桑」について語る千明さん
川場村と片品村にまたがる背峰峠を越え、花咲の集落を過ぎると、県道平川横塚線沿いの畑に、高さ10メートルほどの桑の木が何本もそびえ立つのが見えてくる。現在、主流となっている1メートルの低木とは段違いの大きさだ。
「昔の桑は、これくらいの高さが普通だったんだ。それが何年も改良を繰り返して、今のような桑の木になったんだよ」。
1965年、27歳の時、祖父の代から養蚕を専門で営んできた妻の富江さん(64)の家に婿入りし、養蚕の世界に入った。そのころ、片品村摺渕ではすべての農家が養蚕と農業を兼業で営んでいた。
「蚕は大事な現金収入だったから、やらない農家はなかった。蚕と蚕の間で寝る生活が毎日のように続いていた。この地域じゃ、蚕のことを『おこさま』と言ってあがめていたんだよ」
毎年6月上旬になると、卵からかえった蚕を蚕室へ移す「掃き立て」を自宅で何度も繰り返した。その際、桑の葉を敷いて蚕が傷まないように配慮もした。
「麦を作る畑の周りに桑の巨木を植え、麦を作る合間に葉を摘み取って掃き立てに使ったり、小さな蚕に葉を食べさせていた。男性が桑の木に登り、女性が受け取った桑の葉を自宅で活用する。それが摺渕でみられる風景だった」
だが、巨木ゆえの問題もあった。お年寄りの男性が木に登って桑の葉を摘み取っている途中に転落、骨折するという事故が年に一回はあったという。
「だから、枝を育てて葉のなる高さを変える『中刈り』を何度もして、木に登らずに葉が摘み取れるよう工夫した。それからは、木に登る人はいなくなっちゃったんだよ」
今の農村風景は、昔と比べて変わったが、夏になると桑の木には葉が青々と茂り、風でそよぐと心地よい音を奏でる。
「よその家が養蚕でうまくいくと、心底悔しい思いもしたさ。だけど、そうやって桑の葉をもっと摘み取ろうと、互いに競争しあったことで切磋琢磨(せっさたくま)して、ここの養蚕のレベルもどんどん上がっていったんだよ」