絹人往来

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養蚕仲間 互いの存在が励み 北詰 通徳さん(71) 太田市鳥山上町 掲載日:2007/05/04


養蚕の季節を前に、準備の整った飼育小屋で話す北詰さん
養蚕の季節を前に、準備の整った飼育小屋で話す北詰さん

 「養蚕の季節がやってくる。この時期は田植えの準備もあって忙しいから、体調管理が一番大切。体がしっかりしてないと、蚕の飼育どころではなくなっちゃう。いい時から比べれば繭の値段は安くなったけど、大事な収入源だからね」
 養蚕農家が減少する中、周囲の農家と励まし合いながら続けている。
 5月下旬からの飼育を前に、準備が一段落したところだ。
 農家に生まれ、当たり前のように養蚕を学んだ。戦争で父が亡くなった10代後半から一家の大黒柱として汗を流した。結婚後はより一層努力し、多い時には2トン以上の繭を出荷するまでの規模になった。
 「あの時代、蚕はすぐにお金になったし、無我夢中で取り組んだ。周囲の農家もそれぞれ一生懸命で、互いにいい刺激になった」
 しかし、安価な中国産の繭に押され、価格が次第に下落。養蚕から野菜栽培などに切り替える農家が徐々に増えていった。鳥山上町では多い時に80軒ほどあった養蚕農家も現在は5軒になっている。
 「5軒でも、旧太田市内の他の町から比べれば多い方。だから頑張れる。お互いの存在が、続けていこうという気にさせるんだろうね。会えばあいさつがわりに、『桑は足りてるか?』『なければうちのをやるよ』と声を掛け合う。実際はベテランばかりだから桑が足りないことはないんだけど、気遣っているんだよね」
 地域で養蚕を続ける農家は、大切な仲間と感じている。お互いの都合を合わせて時折開く会食では、近況や昔話に花を咲かせる。
 「自分にとって周りが養蚕を続けていることはうれしい事。みんなが頑張っている姿が、励みになっている。だから体が動くうちは、やっていくつもり」
 飼育の準備が整った養蚕小屋の窓から、正面に広がる桑畑を見つめて笑顔を見せた。

(太田支社 松下恭己)