お稲荷さん 信仰集めた養蚕の神 星野 芳男さん(82) 沼田市戸鹿野町 掲載日:2008/07/22
稲荷神社の前に立つ星野さん
自宅近くの東源寺境内に稲荷(いなり)神社がまつられている。地元で「東源寺のお稲荷さん」と呼ばれるこの神社は、かつて養蚕の神として多くの信仰を集めた。今も社殿内には農家から奉納された土や陶器でできた白ギツネの人形が所狭しと並ぶ。
「以前は5月の春蚕(はるご)を始める前に、社殿からキツネを一体借りて自宅にまつり、終わったら雌雄一対にしてここに戻していた。利根沼田だけでなく、吾妻からも多くの農家が参拝に来た。当時は近くの店でキツネの人形を売っていたり、境内にのぼりも立って、日中は参拝客が絶えなかった」
東源寺は1652(承応元)年の開山。稲荷神社も開山と同時に、当時の戸鹿野村の守護神としてまつられたという。毎年四月四日が大祭日で、露店が数多く並び、近郷から大勢が集まった。
「お祭りの日は地元の青年団が境内に舞台をつくって芝居をしたり、大鍋で甘酒を振る舞ったりした。当時この辺の農家はコメと蚕で生計を立てており、養蚕で年収の8割近くを稼ぐ年もあった。春蚕が始まる前の時季だったので、この辺の農家にとっては農休みの1番の楽しみだった」
自らも25年ほど前まで養蚕農家をしていた。1番多いときは家の1、2階全部使って蚕を飼い、家族は倉の中で寝たこともあった。
「稚蚕を育てる時が大変で、蚕の種を置く部屋は全部目張りして、ホルマリン消毒してから使った。やめたのはこの辺りで買い取る人がいなくなったから。でも、戸鹿野ではうちが1番最後まで蚕を飼っていたと思う。最後はわざわざ新潟の製糸場まで持って行って引き取ってもらっていた」
稲荷神社の参拝客は1960年代前半ごろから少なくなり、今では鳥居の前で足を止める人もあまり見かけない。それでも、時々お年寄りが「お稲荷さんの時期だから」と5月ごろに神社を訪れ、キツネを借りてゆくこともあるという。
「昔はこの辺は農家ばかりだったが、今は他の地区から引っ越してきた人や勤めに出ている人がほとんど。当時のことを知っているのは私たちの世代くらい。もっと多くの人にこのお稲荷さんの歴史を語り継ぎたい」