巻屋 絶妙の技で柄作り 清野 時男さん(84) 伊勢崎市昭和町 掲載日:2007/07/19
長年苦楽をともにした杢引きを前に、仕事への情熱を語る清野さん
伊勢崎絣(かすり)は作業工程が細かく分業される。巻屋は図案通りに糸割りをし、糸のたるみや糸切れなどを直しながら「杢引(もくひ)き」という道具を使って経(たて)糸のみで柄を作る。
「杢引きは流線形の板でできていて、等間隔にびょうが打ってある。板の側面にあるいくつもの穴に金棒を通し、糸を絡めたびょうと金棒をずらしながら柄を作る。そのタイミングが難しい。巻屋は織る前の下ごしらえの中で最後の仕上げ。だから、自分の仕事次第で着物の出来が変わってしまう。緊張感があり、やりがいがあった」
今の伊勢崎市大正寺町に巻屋の3男として生まれた。初めて糸仕事に触れたのは15歳の時だった。
「やがて戦争が始まり、兵隊として国外に行った。仕事を覚え、楽しさを感じていたころだった」
24歳で巻屋としての仕事を再開。腕を頼りに30代で独立した。それから50年以上もの間、妻の雪江さん(81)と2人で「清野巻屋」を切り盛りしている。
「自分の腕を見込んでくれた機屋さんがいてね。3男だったこともあって腕を試すことにした。昔は次から次へと機屋から注文が寄せられて忙しかった。糸仕事をしていれば食べることができた。ほとんど毎日、朝から晩まで働いたよ」
自分の役目を全うし、1つの反物の仕上がりを願う。変わらぬ毎日だが幸せを感じていた。しかし、仕事は急減した。
「昔は近所の人にも手伝ってもらいながら仕事をした。でも絣が着られなくなり、機屋をはじめ、多くの職人が店を畳んだ」
汗が染み込んだ60平方メートルの作業場。そこには、段ボールや紙にペンで描いたいくつもの柄の“設計図”がある。
「つばめの柄などさまざまな模様の作り方が一目でわかる。これがあれば、注文が来てもどんな柄でも作れるんだよ」
長い間、杢引きとともに培った技術のたまものだ。
柄作りは昨年の暮れからしていないが、情熱は今も変わらない。
「今は昔のように体が動かなくなったが、注文があれば、いつでも仕事をするつもりだよ」