蚕沙 黄緑色に桑の優しさ 松井 定夫さん(54) 桐生市川内町 掲載日:2007/12/27
妻、ひろ子さん(左)と蚕のふんで染めた布を山田川に広げる松井さん
桐生市北西部の山あいを流れる山田川。きりりと冷えた清流に、蚕のふんで黄緑色に染まった絹の布がふわりと広がる。酸素を多く含む流水は、布の持つ美しさを最大限に引き出す。
「蚕はシルクの原点。だからこそ、蚕にまつわる天然素材だけで布を染めてみたかった」
染めとの出合いは20年ほど前。旅先でピンク色の花を見て「美しい自然の色をいつまでも残したい」と独学で始めた。文献を読み、京都の資料館や機屋、県繊維工業試験場(桐生市)などに何度も足を運び、手探りで身に付けた。
「布地は絹のストールやスカーフを使う。中でも『本糸』と呼ばれる絹は1番染まりやすい。染料はアンズの幹やベニバナ、藍(あい)などいろいろ試したが、次第に桑が中心になった」
やがて蚕のふんを思い付いた。2005年の秋だった。
「織物で栄えた桐生は蚕と切っても切れない縁がある。漢方で薬や化粧品などに用いられ、『蚕沙(さんしゃ)』と呼ばれる蚕のふんを使うようになったのは、自然の流れだった」
「今は人工飼料を使う農家も多いが、染料には桑の葉を食べた葉緑素を含んだふんしか使えない。ふん探しは一苦労だった。職場の同僚が福島県の農家からもらってきてくれたふんで、やっとスタートできた」
「染めは、ふんを天日で乾かして水で洗い、釜で煮立たせて始まる。布を釜の中に入れて色を付け、自宅から車で15分ほどの清流で洗う作業を繰り返し、古くぎなどで作った媒染剤で色を固着させる。すると少しずつ色が布に定着する」
妻、ひろ子さん(52)の協力もあり、試行錯誤の末、色付けに成功。今年11月、同市本町の有鄰館で初めて展示会を開いた。出品された36点の工程を知り、多くの人が目を丸くした。
「作業は仕事の合間にしている。夜勤明けで眠い時もあるけれど、それ以上に染めに対する気持ちが強い」
桐生は先染めがメーンで、染めを始めたころはめったに白い生地が手に入らなかった。家の倉庫に昔の機織り機が眠っている。勉強して、いつか布も自分で織りたいと考えている。
「機織りから染織まですべてこなすのが夢。蚕にまつわる1つのストーリーを組み上げたい」