絹人往来

絹人往来

絹の紙 くず糸原料に製法開発 倉田 辰彦さん(56)  吉井町多比良 掲載日:2008/10/15


自ら作った絹の紙を持つ倉田さん。右は「絹神様」像
自ら作った絹の紙を持つ倉田さん。右は「絹神様」像

 県作家協会の会長を務める石造彫刻家としての顔のほかに、絹を素材にした紙作りに取り組む工芸家としての顔も持っている。
 絹の紙を作るようになったのは、10年ほど前、江戸小紋作家の藍田正雄さんに、絹の利活用を研究する会合に誘われたことがきっかけだったという。
 実家では、小学生のころまで養蚕をしていたが、「遊びたい盛りの当時は、桑摘みなどの手伝いから逃げ回っていて、いいイメージを持っていなかった。会合に参加するまで意識したことはなかった」。
 しかし、会合で養蚕の危機的状況を聞いて、「自分にできることはなんだろう」と考えるようになった。
 「紙だったら繊維をたくさん使うし、捨てられるくず繭も原料にできて価格の下支えにもなるはず」と思い至った。
 紙作りはまったくの門外漢だったが、生来のチャレンジ精神が頭をもたげ、和紙作りを独学で習得。絹の紙作りへの取り組みを始めた。
 「まず和紙の原料のコウゾ、ミツマタを、そのまま絹に置き換えてみたが、綿のようになってしまって紙にはならなかった」
 材料や工程の試行錯誤を続けた末に「まったくの偶然」から、現在の製法を見いだした。
 「コウゾやミツマタを2割ほど混ぜると作りやすくなる。それを絹100%にするのにたいへんな努力が必要だった」
 原料は製糸会社から出るくず糸。普通の和紙のように滑らかなものや、絹らしい風合いを残したものなど数種類を開発した。少量生産のため価格が高くなり、用途が限られるのが課題だ。
 2000年度に県の一社一技術に選定。03年に本県で開かれた冬季国体の賞状に採用された。
 現在は伊香保温泉の老舗旅館でメニューの用紙に使われている。「珍しい」と言って持ち帰る宿泊客も多いという。
 彫刻家としても、養蚕の伝統を伝えるべく、桑の木や繭を持った姿の「絹神様」像に取り組んでいる。
 「絹にはこんな使い道もあることを広く知ってもらいたい」と絹の紙の普及に期待する。

(藤岡支局 渡辺龍介)