絹人往来

絹人往来

飼育再開 繭クラフトの材料に 藤巻 雅江さん(77) 高崎市菊地町 掲載日:2007/12/21


 繭で作ったコサージュを手に「やっぱり自分で蚕を飼わないと」と話す藤巻さん
繭で作ったコサージュを手に
「やっぱり自分で蚕を飼わないと」
と話す藤巻さん

 繭クラフトの材料を確保するため、今秋、養蚕を3年ぶりに再開した。掃き立て量は少量で最盛期には遠く及ばないが、16キロの繭を生産した。仲間におすそわけできるだけの十分な量を確保した。
 「量が多くないから、遊びながら気楽にできた。お蚕を飼っている最中にも旅行に2回行って、主人に桑くれをしてもらった」
 繭を購入すると1個20―30円かかり、保護者が負担する材料費が高くなってしまう。そして何より、子供に純白の繭に触れてほしいという思いから飼育の再開を決断した。
 「きれいな作品を胸につけさせてやりたいし、古いかびた繭で指導するのは自分も嫌。よそから買うと高いし、自分で飼わないとだめね」
 蚕に本格的に携わったのは嫁いでから。年5回の養蚕に加え、米麦も生産する菊地地区最大の養蚕農家の嫁として多忙な毎日を送った。
 クラフトとの出合いは20年ほど前。作る楽しさに加え、忙しい生活の中で、「心の余裕を感じられる」ことに魅力を感じ、地道に続けてきた。5年前には仲間と共同制作した作品が全国コンテストで準グランプリに輝いた。
 繭アートクラブの仲間と完成度の高い作品を制作する一方、ボランティアで子供たちへの指導も行っている。例年、12月から翌年3月にかけて、市内の小学校を中心に10数カ所回り、卒業生に贈るコサージュづくりを手伝う。
 「子供への指導は10年前から。創造力がすごいから見本と違う作り方をして、こっちが勉強させられる」
 また、さなぎが入っていることを知らない子供や、繭に初めて触る保護者がいることに驚き、養蚕が身近でなくなっていると実感している。
 旧高崎市内のアートクラブのメンバーは年々減り、現在5人。ほかのメンバーはすべて年上で高齢化が進んでいる。養蚕農家が減る中で、新たな入会者を期待するのも難しい状況だ。
 「教えられる人を養成しないと学校が困る。群馬の伝統を子供たちにつなぐため、ボランティアでやってくれる若い人を探しながら、これからもできる限り続けていきたい」

(高崎支社 多田素生)