絹人往来

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養蚕と産業遺産 地域文化の実体験を 大木利治さん(48) 安中市松井田町二軒在家 掲載日:2007/11/24


授業で座繰り体験をする児童を見守る大木さん
授業で座繰り体験をする児童を見守る大木さん

 担任教諭を務める安中・臼井小4年の学級で、総合学習の一環として養蚕を実践している。学生時代から近代化遺産に関心を持ち、産業遺産を研究、評価する「産業考古学会」の評議員でもある。休日は全国の遺産を見て回る。
 「碓氷安中の養蚕業と鉄道施設は、密接なかかわりがあった。地域発展の歴史を、遠い昔の出来事としてでなく、父母や祖父母の時代の生活と結びつけながら、子供たちに理解させたい」
 授業は実体験を重視する。上蔟ぞく時期には、回転まぶしが教室につるされた。
 「県蚕糸技術センターから譲り受けた蚕の卵を教室で育てた。校内に残る桑から葉をもいで餌にしたが、1500匹もいたので桑を食べる音が雨音のように響いた」
 2学期に入り手作業で糸を取ったり、市内の碓氷製糸や旧碓氷社を見学して回った。
 「日本絹の里では手織りを体験した。今月下旬には、高崎市染色植物園で本格的なあい染め実習を行う。これだけ絹産業について学ぶ施設が充実している地域はない」
 養蚕教育を通じ、上毛かるたに出てくる『機はた』や、碓氷峠を舞台にした童謡「紅もみじ葉」の『織る錦』の意味を知るなど、児童にとって、地域の再認識につながった。
 中学校勤務時代は技術科を教え、養蚕道具を教材用に集めた。学会では産業技術を遺産として、文化的な視点から考察している。
 「県内の絹産業遺産群はまさに象徴。中でも碓氷峠の鉄道施設が、近代化遺産で初の重要文化財になったのは、エポックメイキングなこと」
 世界遺産登録運動を機に絹産業遺産群への注目が高まっているが「表層だけでなく、どのように自分たちの生活とつながっているのか、関心を持つきっかけにしてもらえれば」と期待する。
 18世紀後半、高度な養蚕技術を求めて上州を訪れ、養蚕の教科書と呼ばれる「養蚕秘録」を著した上垣守国の足跡を訪ね、今年夏に兵庫・養父市を旅した。
 「地元の人に墓の場所を尋ねたが、意外と知られていなかった。功績を残した人でも、地元で忘れ去られていることが多い。意識的に地域の資産、文化を大切にしていかなければならない」

(安中支局 正田哲雄)