絹人往来

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染め直し 着物再生し親から子へ 酒巻 寛さん(61) 千代田町舞木 掲載日:2007/06/12


絹を染めるのに使った釜をみせる酒巻さん
絹を染めるのに使った釜をみせる酒巻さん

 1982年まで千代田町で「酒巻染物店」を営んでいた。
 「絹を使った着物は最高だよ。湿気や風を通してしわにならない。素晴らしいものを扱えたことを誇りに思っている」。
 着物が普段着だった時代、絹の着物は何度も染め直され、親から子供へ受け継がれた。何代にもわたって使えるのが着物の利点だった。父、友吉さんが裸一貫から起こした店はそんな時代の象徴だった。
 着物の染め直しは、縫製されている着物をばらして、1枚の反物にするところから始まる。大きな釜で着物と薬品を煮て色を落とす。真っ白になった反物を再び染料と一緒に煮て、染める。水にさらして余分な染料を取り除き、仕立ててもらう。
 「黒や青など単色の染めが多かった。店に着物の洗い場ができるまで父親は利根川で、染めた着物を洗っていた。凍るような冷たい川に入ってゆすぐこともあったから、父親はとてもつらそうだった」
 近所の養蚕農家は製糸会社との付き合いで反物を買うことも多かった。
 「結婚前になると嫁入り道具に、反物を染める家が多かった。冠婚葬祭で着物は欠かせなかったからね」
 しかし、父から店を継いだ72年ごろには染めの注文が減った。採算が合わなくなったため、販売に力を入れるようになった。
 カタログと白生地を持って近所の家を訪ねて販売した。展示会もよく開いた。
 「高度成長期はお得意さんを回れば着実に売れたが、安定成長の時代になると売り上げが落ちた。廃業する問屋も多くなってね。残念だったけど思い切って店を閉めた」
 最近の着物は強力な染料を使っているため、染め直しのきかないものが多い。
 「せっかく使い回せる絹を使ってるんだから、何度も染め直して着てもらいたいね」
 今でも冠婚葬祭や正月には着物を着る。
 「着物を着られるのは日本人の特権とも言える。この文化をいつまでも大事にしたい」

(大泉支局 宮村恵介)