絹人往来

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着物伝承 若者へ着付け喜びに 小沢 笑子さん(39) 桐生市新里町新川 掲載日:2008/05/21


お召しの1品を手に「着物に触れられる幸せを1人でも多くの人に知ってもらいたい」と語る小沢さん
お召しの1品を手に「着物に触れられる幸せを1人でも多くの人に知ってもらいたい」と語る小沢さん

 桐生の市街地で毎週土曜日に着物の男女がまちを歩く「まちなか闊歩(かっぽ)」が続いている。参加者の着付けを担当する。
 「着物が華やかだった時代は遠ざかっている。自分が持っている技術を駆使して、着物の魅力を少しでも伝えたい」
 「参加者は若い人ばかり。決まり切った着装には関心が薄いのに、着物をファッションとして楽しんでいる。お姫さまのような特別な世界を求めているのでしょう」
 高校2年の時、京都・西陣のファッションショーに参加。「着物のことを何も知らなかったが、反物をプレゼントされ、興味を持った」。高校卒業後の進路が決まった。
 桐生の岡田和裁研究所(現・群馬和裁専門学院)に進み、親元を離れての住み込み生活が始まった。
 「泣きながら入ってくる子は大成すると言われたのが励み。厳しい親だったので、帰る所もなかった。昼は和裁、夜は着付けを学ぶ毎日だった」
 10人を超す“入学生”で6年後に残ったのは2人だけ。修業は厳しかった。
 結婚後は日常生活でも着物を身に着けている。「家族から『フネさん』と呼ばれる」
 10年前に自宅に「おざわ着物学院」を開設、着付けを指導している。もちろん和裁もする。
 「お金で買ったものよりも、手から生まれてくるものは価値があると思う。手作業には愛も込められるから」
 「着物を通じて多くの人に出会い、学んだ。着物を知らない人に、私の知っている着物のことを紹介したい」。着物にのめり込んだ人生を自認する。
 まちなか闊歩をはじめとして、10年続く桐生市内でのファッションショー、わたらせ渓谷鉄道のトロッコ列車など、着物にかかわるイベントに積極的に参加する。着物への思いが深いだけに、高いモチベーションが続く。
 きもの学院の押し入れには、明治、大正、昭和の反物が残る。桐生の織物が全盛期のころの「お召し」もある。
 「縫うことの貴さと着ることの楽しさを知った。今は、着せてあげられる喜びを心の底から喜んでいる」

(桐生支局 山脇孝雄)