絹人往来

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絣縛り業 “職人芸”妻と半世紀 松村 誉治さん(73) 伊勢崎市馬見塚町 掲載日:2007/09/22


「伊勢崎絣の伝統を守っていきたい」と語る松村さん
「伊勢崎絣の伝統を守っていきたい」と語る松村さん

 伊勢崎絣(がすり)の柄を製作する絣縛り業を営んでいる。糸に染料を使って柄を付けて、ひもで縛るというのが「縛り」という仕事。伊勢崎絣のデザインを決める大事な工程の1つだ。
 「縛りは伊勢崎絣を作る最初の段階。細い糸に柄のもととなる染色を施すため、細かい作業で大変なことも多い。でも、長年続けてきた仕事だから愛着もある」
 「18歳で縛りの仕事を始めたころは伊勢崎絣の生産が盛んで、早く仕事を覚えて独立したいと考えていた。1日中立ちっぱなしの仕事は厳しかったけど、必死に勉強した」
 3年間修業を積み、21歳で独立を果たした。同じころ、妻の夏江さん(71)と結婚。現在も夫婦2人3脚で仕事を続けている。
 「縛りは1人ではできない。長い糸をぴんと張るには手助けしてくれる人が必要。これまでずっと一緒にやってきた」
 機屋からの注文は、毎回違う。似た柄でも、同じやり方はではできない。
 「微妙な調整が本当に難しい。でも、職人の仕事だから、1つ1つの柄に自分の“芸”を入れることができる。同じ柄でも職人によって違ったものになるのは、この仕事の面白いところ」
 機械化が進む中、絣の製作はほとんどが手仕事。昔からの道具を使って、丁寧にひとつひとつ柄をつけていく。
 「縛りがうまくいかなければ、絣の柄は作れない。これでいいと思えることはないから、一生研究を続けて良い仕事をしていきたい」
 以前は、伊勢崎市内に50から60軒ほど同業者がいたが、次第に減り、今では5、6軒しか残っていない。
 「残念だが、時代に合わない仕事なのかもしれない。みんなやめていってしまった」
 しかし、伊勢崎絣を大切に思う気持ちは強い。
 「最近は細かい作業を辛いと感じることもあるが、体が続く限り仕事を続け、伊勢崎絣の伝統を守っていきたい」

(伊勢崎支局 伊草実奈)