絹人往来

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教育支援 児童の飼育に桑提供 金井 由征さん(67) 太田市由良町 掲載日:2008/06/24


児童のために桑の木を育てている金井さん(左)とかつみさん
児童のために桑の木を育てている金井さん(左)とかつみさん

 近くの宝泉小児童が育てている蚕の餌用に桑の葉を提供している。児童ははさみを持参し、金井さんの畑の外周に残る桑から枝を切っていく。
 「家の前一面が桑畑だった。養蚕は15年ほど前にやめたため今は野菜を栽培しているが、地面が周りの道路より高いので土が崩れないよう、外周の桑の木だけ残した。結果的に地域の子供の役に立ててうれしい」
 宝泉小では地域の伝統に触れてもらおうと、4年生が総合的な学習の一環で蚕の飼育を行っている。
 「5年生が校内の水田で取り組む稲作の指導を続けており、子供たちが植える苗もうちの畑で育てている。学校から相談を受けて、5年ほど前から桑の葉の提供も引き受けた」
 妻のかつみさん(67)と共に「蚕が小さいうちは柔らかい新芽をあげて」「踏み付けてしまった葉は食べないので落とさないように気を付けて」などと声を掛けながら、児童の作業を見守る。
 「少しでも農薬の付いた葉を食べると蚕は水を吐いて死んでしまう。畑に農薬を散布する際は、周りの桑に農薬がかからないよう注意を払っている」
 蚕を家に持ち帰って育てている児童が「桑の葉が足りなくなったので分けて」と、親と一緒に直接訪ねてくることもある。「毎年養蚕や稲作が終わると、児童がお礼の寄せ書きや作文を届けてくれる。まるで孫に接しているようだ」
 宅地開発が進んだ同市宝泉地区も、かつては養蚕が盛んだった。
 「最盛期は年に5回出荷した。この辺は共同飼育場がなかったので、小さい農家の分の稚蚕もわが家で育てていた。新芽が5月の遅い霜で駄目になることもあったため、霜注意報が出ると桑畑の周囲でたき火をして暖めたものだった」
 稚蚕用の人工飼料が普及する前は、新芽がやられないかどうか、掃き立ての時期になると気をもんだという。
 「田畑が残っている家庭でも、養蚕や耕作をしていたのは祖父の代までで、親は経験していないという子供がほとんど。農業は自然相手で大変だということに、児童が気付いてくれたら」

(太田支社 正田哲雄)