絹人往来

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薩摩琵琶 天蚕弦で音色に深み トーマス・C・ マーシャルさん(36) 藤岡市鮎川 掲載日:2008/05/27


愛用の琵琶を弾くトーマスさん
愛用の琵琶を弾くトーマスさん

 蘭杖(らんじょう)の名で、屋外で飼育する「天蚕(てんさん)」の糸で作った弦を張った琵琶による演奏活動に取り組む。
 アイルランド出身。母国と英国でパイプオルガン演奏を学んだ。妹は世界的に知られるアイルランドの伝統音楽バンド・チーフタンズのバックで演奏するアイリッシュハープ奏者。
 大学で研究した民族音楽を実地に体験しようと卒業後の1994年に来日した。「1年で帰るつもりだった」が、人と音楽との出会いが重なり、現在まで滞在することになった。
 さまざまな和楽器を習ったが、中でも薩摩(さつま)琵琶の持つ「西洋音楽から最も遠いところに位置する世界的にもまれな奏法」に魅了された。10数年間、一心に研さんを積み、現在は吉井町の創造学園大で専任講師として指導に当たりながら、県内外で演奏活動を行っている。
 琵琶の胴は桑の木で作り、弦は絹糸を使う。母国に絹の文化はないが、このことを聞いたとき「(蚕を仲立ちにした)自然の不思議な関係を感じた」という。
 天蚕の弦を使った琵琶の演奏は「より古式に近い弦を使って平安時代の音色を再現したい」という探求心が出発点。前橋市出身の映画監督・桜井真樹さんと弦作りに取り組み、一昨年、前橋市と埼玉の秩父地方の天蚕の糸を使って完成させた。
 最初は現代の絹糸の弦との性質の違いに「音程がとれず、慣れるの時間が掛かった」。奏法を工夫し、琵琶自体を弦に合わせて変えたりもした。
 ようやく自分のものになってきた天蚕弦の音色は「普通の弦に比べて鋭さがあまりなく、音が深く体の中にしみこむ感じがある」。
 当初、「普通の弦に比べて切れやすいだろう」と考えていたが、「普通の弦なら傷んでしまうような激しい演奏でも、なかなか傷まない」とその強さに驚かされた。
 今では「天蚕弦の独特の音色は多くの琵琶奏者にとって表現を広げる手段になる」と感じている。
 今年9月にいったんアイルランドに帰国する予定。「母国の人々にも天蚕弦の音色を聞かせたい」と考えている。

(藤岡支局 渡辺龍介)