絹人往来

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藍染め 絣産地支える職人魂 堤 悌一さん(77) 伊勢崎市昭和町 掲載日:2008/08/29


藍の状態をチェックする堤さん
藍の状態をチェックする堤さん

 作業場に置かれた湯船より一回り大きい三つのステンレス槽。この中に入った藍(あい)の状態をチェックするのが日課だ。発酵した藍菌にアルカリ性を保つために必要な木灰や石灰、栄養となる日本酒や麦の皮のふすまを混ぜたものだ。
 「生きているので毎日状態が違う。ふたを開けた時のにおい、つら(表面)の具合、そして味。木灰のピリッとくる感じ、石灰の苦味、日本酒の甘味がうまく出ていないとだめ」。最後は自分の舌で状態を確かめ、菌が疲れていると感じれば日本酒やふすまを足してしばらく休ませる。
 明治から続く紺屋の3代目。子供のころから職人たちの作業を見て育った。「藍はデリケートなだけに優しく扱わなければならず、白い袴(はかま)を汚すようではいい仕事はできない。『紺屋の白袴』という言葉には、そんな意味もあることをおじいさんから教わった」
 戦後、家業に入ったころは化学染料ばかり扱うようになっていたが、原点に返って植物染料に転換。草木染に比べ、常に発酵条件を整えておかなければならない藍は格段に手間がかかった。「どうしてもほかがおさんからになっちゃって」と、自然に藍染めが中心に。藍の大産地、徳島にも足を運んで技術を学んだ。
 伊勢崎絣(かすり)の中で主に手掛けたのは柄を彫った板に糸を巻き付け、それを重ね合わせて染色する板締め絣だ。その生産は工程ごとの分業体制ができており、「大切なのは後に続く作業がやりやすいかどうか。巻屋のことを考えて、糸の張力が一定になるよう心掛けた」
 藍染めでは何度も重ね染めして色を濃くしていく。「年数がたつと、色が中に入って落ち着く」。使い込むほどに特有の風合いが生まれてくるのが藍の最大の魅力だ。
 伊勢崎の産業の代名詞とも言えた絣生産だが、今は染色の注文のほとんどが市外からだ。そんな状況に危機感を覚えて数年前から、作業場に置いてある高機を使って手織りに取り組んでいる。「70の手習いで何とか覚えた」と、産地を支えてきた職人の意地を見せる。
 「売れようが売れまいが、今作らなければ終わってしまう。生きている限り、最後まで頑張るよ」

(伊勢崎支局 久保田健)